超域人材とは? 複雑系社会でイノベーションを起こす変革リーダー(2/2)

超域人材とは? 複雑系社会でイノベーションを起こす変革リーダー(2/2)

前回の記事では、少し極端な例をあげて、KCCの4つの領域である、アート、サイエンス、エンジニアリング、デザイン(無理やり日本語でイメージを補完するなら、感性、知識、技術、設計)のいずれかの領域で極めて優れていたとしても、ビジネスの世界でリーダーとなることは難しそうであることを示しました。

これは特に新しい認識ではなく、これまでの企業における人材開発においても、会社の中核を担う総合職に対して、複数の領域における知識や経験を習得させるべく、様々な研修やジョブローテーションが行われてきました。論点となるのは、変化が早い複雑系社会において、イノベーションを起こす人材がカバーすべき領域の広さ、すなわち、どの程度の総合力が必要かという事です。

エンジニアリングからデザインへ

まずは、技術(エンジニアリング)領域の観点から、社会の変化に対応するための人材開発のトレンドについて考えてみます。昨今、多くの企業において、ビジネス変革のためのDX(Digital Transformation)への取り組みを強化していることは説明するまでもないでしょう。特に、商品やサービスを提供している企業にとっては、UX(顧客体験)を重視する文脈から、顧客接点を最適化するためにデザイン思考によるアプローチを試みることが一般的になってきました。個人的には、「デザインを学んでいない人が、いわゆるデザイナーのようなアプローチを行うための手順としてのデザイン思考」に対して、それをデザイン領域への幅だしとは考えていません。しかし、技術領域のトレンドとして、個別技術の適用だけではビジネス変革は難しく、デザイン領域の最適化機能の必要性が認識されてきたという点においては、人材に求める総合力のデザイン領域への広がりを示すエビデンスと言えるでしょう。

デザインからアートへ

次に、デザイン領域の観点からの広がりについてみてみます。現在、一般的にデザイン思考と呼ばれるプロセスは、スタンフォード大学のd-schoolを源流とする、アイディアの発散と収束によるアプローチが主流ですが、それに一石を投じるものとして、ロベルト・ベルガンテが提唱する「意味のイノベーション」が挙げられます。彼の著書、「突破するデザイン」の中で、イノベーションの起点となるのは、アイディア(What)から最適なものを選択するのではなく、そもそもなぜ必要なのか(Why)を自らに問う、哲学的アプローチの重要性を説いています。これはまさに、デザイン領域からアート領域へ踏み出す必要性に言及していると言えるでしょう

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また、このような思考法が今後のトレンドとなることが示唆される動きとして、コンサルティングファームのような、デザイン領域のスキル(既存のメソドロジーやソリューションをクライアントニーズ、法制度、予算などの制約の中で最適化するスキル)を活用している分野において、イノベーション提案を行う際に、「問い」や「問う」というワードが流行し始めているそうです。これはまさに哲学的アプローチであり、デザイン領域からアート領域への幅だしが模索されているということに他なりません。

サイエンスからアートへ

最後に、知識領域(サイエンス)からの広がりについて、米国のトレンドを紹介します。その昔、経営を担うトップエリートを育成するため、MBAのような経済学や社会学といったサイエンス領域を強化するトレンドがあり、欧米から日本へもそのブームが広がりました。しかし、そのブームから20年以上の歳月が流れ、世の中にはMBAホルダーがあふれていますが、これまで以上に社会課題が山積し、それを解決するためのイノベーションが求められています。そのような状況の中、米国において、MFA(Master of Fine Arts:芸術学修士)が注目を集めています。MFAを取得したエリートはMBAホルダーよりも市場価値が高く、アート領域の知見をもつ経営者候補への期待感の高さがうかがえます。日本においても芸術系大学からMFAを取得できるコースが創設され始めており、今後、アート領域のバックグラウンドを持つ経営者が増加すると思われます。

超越人材の定義にすこし踏み込んでみる

このように、それぞれの領域ごとに、本来の領域から越境した課題解決への新たな取り組みが模索されていることを知ってもらえた思います。そして、KCCはこれら個別の現象や今後の行方を見事にモデル化しており、社会変革のリーダー(社会起業家たる超域人材)の育成、イノベーティブな組織設計やソーシャルビジネス開発における羅針盤としての役割が果たせるという、私の仮説の一端に、多少なりとも説得力を感じてもらえたのではないでしょうか?

さて、前回の記事で紹介した、ハーバード大学の合格基準を借りれば、私が考える、社会起業家や、組織の中の変革リーダーとなりうる超域人材には、「高い次元の総合力を有する」ことが求められます。そしてカバーすべき範囲はアート、サイエンス、エンジニアリング、デザインの4領域すべてになります。そして、高い次元とは、相対的な基準とならざるを得ませんが、これを人材としての成熟度ととらえるのはどうでしょうか?

例えば、4領域すべてにおいて大学2年次程度の知識や技能を有した上で、専門領域においてプロフェッショナル(報酬を得てスキルを発揮できる)であること。これを最低基準として、各領域の知識や技能レベルの上昇と、それらの相互運用力の高まりをもって、総合力の次元が高まり、超域人材の成熟度が増したと考えることで、超域人材としてのキャリアイメージが湧くのではないでしょうか?

おわりに

2回の記事で私の考える超域人材についての説明を試みました。この人材モデルの是非はともかく、読者の皆さん自身、もしくは、皆さんの所属する組織は、ありたい姿や、育てたい姿にしっかりと向き合っているかどうかについて、一度、自身に問うてみてください。

今回の記事が、これからの複雑系社会を生き抜く人材像について考えるきっかけとなれば幸いです。