【アート思考を考える #10】仮説推論的アプローチで戦略的寄付が生まれるまで(4/4)
前回の記事では、「寄付で事業課題を解決する」という仮説の選択までを説明しました。ここで、ここまでのプロセスの結果を確認しておきましょう。
- Step1:民間企業による社会的投資の増加に向けて、「大手民間企業における施策への投資は、売上と利益の拡大につながる合理的な理由があれば、それが社会的投資であろうと実行される。」と私は認識している。
- Step2:先に挙げた3つの普遍的事象(一般常識)に照らし合わせて、
- Step3:様々な観点から実現方法に関するアイディアを創出した。
- Step4:その中から選択(統合し再創出)した「寄付で事業課題を解決する」ことを実現すれば、Step1の私の認識が達成されるはずである。
- Step5:デザイン思考を活用し、実現方法をデザインする。
アイディアと達成したい認識がつながらない
仮に、Step4の仮説が「政府と共同出資で社会貢献事業を行う」だったとします。このアイディアを実行すれば、Step1の認識における、売上と利益の拡大につながる合理的な理由もすぐにイメージできますし、社会的投資となりますが実行される可能性も高そうです。そして、このアイディアをベースとして、具体的な顧客やサービスを設定してデザイン思考でビジネスデザインをする流れもイメージ可能だと思います。
しかし、「寄付で事業課題を解決する」と、「売上と利益の拡大の合理的な理由」が一見してつながりませんし、寄付は社会的投資ですが、民間企業における寄付の位置づけは投資ではありません。そのため、このアイディアからビジネスデザインに着手することはかなり困難だと言えます。なぜこのような結果となったのでしょうか?それは、今回のアート思考のプロセスにおいて、私の中で「論理の飛躍」が起こったからに他なりません。
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冒頭で挙げた「政府と共同出資で社会貢献事業を行う」というアイディアはStep1の認識に対して、論理的つながりが強く、仮説推論的アプローチ、すなわちアート思考でなくても容易に創出されるアイディアであると考えられます。例えば、社会的投資と考えられる公共性の高い過去の事業をリストし、それらから売上と利益の拡大が見込める事業に帰納的にたどり着く方法はどうでしょうか?
それに対して、「寄付で事業課題を解決する」というアイディアは、読者の皆さんを含め、一般的にはStep0の認識とはつながらないでしょう。しかし、私の中ではStep4の検討プロセスの中で、アハ体験を伴って合理的かつイノベーティブなアイディアとして選定(統合と再創出)され、Step0の認識が実現するイメージが湧いているのです。
ついに戦略的寄付が生まれた
具体的には、社会的投資の文脈から生まれた寄付の観点と、売上増や原価低減のための課題解決の観点が融合し、一般的に事業計画の管理外である法人寄付を、課題解決への投資と位置付けることで、経営者に対して寄付を新たな財源(埋蔵金)として提案するアイディアなのです。私はこれを法人寄付の再定義と考えており、「戦略的寄付」と名付けました。そして、キャッチコピーは「納税するぐらいなら戦略的に寄付しましょう」です。民間企業の方が、お金を効率的に活用できることは、役所の方もよくご存じですから。
さて、アート思考では、少ない制約での自由な発想により、イノベーションのきっかけとなる「論理の飛躍」が起きやすい一方で、アイディアの実現方法や難易度についてはアイディア創出の段階で考慮しないため、選択したアイディアが到底実現不可能な夢物語となることがあり得ます。これが前回の記事で述べた、Step4が最難関のプロセスであり、知恵(センス)と閃き(運)が求められる所以なのです。そう、ここでのアイディアはすぐには実現方法は思いつかないが、なんとかなりそうな感覚があり、実現できれば誰もが、「言われてみればその通りだ!」と唸るに違いないと確信できる、そう言ったものでなければならないのです。
そして最後に更なる難関が待ち受ける
そして、このアイディアの「論理の飛躍」を埋めて、一般の人にも腹落ちする仕組み、すなわち、ビジネスモデルを検討することがStep4の最後の作業になります。私の考えるアート思考のプロセスを実ビジネスに適用するためには、このStep4.5というべき、デザイン思考によるビジネスデザインのプロセス、すなわち、企業の仕組みや社会の要求、そして各種資源などの制約を前提として、「論理の飛躍」によって生まれた実現に向けた課題や問題を解決するための最適解を探索する作業が必要なのです。
デザイン思考というと、近年流行しているCX/UXデザインをイメージされる方が多いと思いますが、ここではもっと抽象度の高い検討を行い、Step5において具体的な新規事業を検討する際の下敷きになるビジネスモデルを目指します。そうして私が構築した戦略的寄付のビジネスモデルが以下となります。
ここまでくれば、あとは普通の難関
最後のStep5では、Step4で構築した抽象度の高いビジネスモデルをベースとして、デザイン思考で具体的な事業を検討します。日経ソーシャルビジネスコンテストでは、参考事例として、地方創生、人材育成、雇用拡大の観点で、以下の事業モデルを提案しました。こちらはあくまでコンテスト向けなのですが、本命の事業アイディアの方では、具体的なビジネスデザイン、サービスデザイン(CX/UXデザイン)、テクノロジーデザインによる検討と、リーンスタートアップ&アジャイルでの検証を進めています。週末と夜なべだけでは遅々として進みませんが。。。
最後に本当のことを告白
4回にわたり、私の提案するアート思考によるアイディア創出プロセスについて、第三者から一定の評価を得られた私自身の実績をもとに、なるべく具体的に説明をしてきたつもりですが、如何だったでしょうか?
アート思考のビジネス適用自体がまだ黎明期であるため、世の中にある情報が、かなりアート寄りで雰囲気しかわからないものや、仮説推論の説明や論文のようにフォーカスしすぎて応用方法が分からないもの、評論調で本当にビジネスで実践したことがあるのか怪しいAirなアート思考解説などが殆どです。そのような中、アート思考を新規事業開発や課題解決に応用してみたいと考えている、アンテナの高いビジネスパーソンに対して、茨の道の先に見える灯台の一つとなることを目指してこのシリーズを執筆しました。
ここまで読み進めて下さった読者の中には、やっぱりねと事実に気づいてしまった方と、手順通り実施すればアート思考が実践できると思っていたのに、想定以上に壁が高くてがっかりした方がいると思います。真のデザイン思考の世界も同じなのですが、アート思考においても、Step4の難易度の高さが示すように、数日間のワークショップや研修の受講で、イノベーションにつながるようなアイディア創出が可能になるはずがないのです。言ってしまった。。。
しかし、それを前面に出してしまうと、コンサルタントが顧客企業を焚き付け、その周辺でセミナーやワークショップおよび関連ツールを売るという業界を挙げての暗黙のビジネスモデルに悪影響が出てしまいます。もちろん、参加者は知識を習得し、少しイノベーティブになれた感覚を持つことができるので、サービスとして十分な価値があり、そこが、このビジネスモデルの優れたトリック、あっ失礼、ギミックとなっています。
もし、あなたが本当にイノベーションにつながる可能性が高いアイディア、すなわち、デザイナーやアーティストが生み出す創作物の如くクリエイティブなアイディアの創出を求めるのであれば、オリンピックに出場する選手が日々の厳しい鍛錬によってその目標を達成するように、アンテナを高くし、学びを習慣化しつつ、ビジネスセンスを磨く日々を送ることで、超域人材の道を目指すことが近道だと考えます。まさに、急がば回れですね。
超域人材とは、Art, Science, Engineering, Designのいずれかの領域で専門性を持ちながら、全領域に対する知見を有し、それらを融合させることで価値を創造する人材
https://social-bizcreator.com/blog/2020/06/15/innovationleader/