【アート思考を考える #5】アート思考とは何か?デザイン思考との違いから考えてみる(5/5)

【アート思考を考える #5】アート思考とは何か?デザイン思考との違いから考えてみる(5/5)

前回の記事では、実際にビジネスに適用することを想定し、グラミン銀行の事例でアート思考によるアイディア創出手順を示しました。このテーマの最終回は、その各ステップについて説明します。

  • 観察事象:貧困層の人々自身がビジネスを持つことで貧困を軽減できる。
  • 普遍的事象:元手があればビジネスを始めて収入を得られる。
  • 仮説:寄付から配分する。農地を与える。商材を提供する。融資を行う。搾取しない個人事業主モデルを提供する。etc.
  • 選択した仮説:融資を行う。
  • Step1:自身が提示した認識を観察事象として設定する。(独自手法)
  • Step2:論拠とする普遍的事象を設定する。(独自手法)
  • Step3:「発想力」を発揮して複数の仮説を検討する。
  • Step4:「知恵」を発揮して、検討した仮説から適切な仮説(アハ体験を伴う仮説)を選択する。選択できなければステップ2へ戻って繰り返す。(独自手法)
  • Step5:デザイン思考を活用し、実現方法をデザインする。

Step 1

新しい認識、すなわち実現したい目標を観察された事象として設定します。強い信念を持つイノベーターには、その認識があたかも目の前で観察されたかのようにイメージできているはずです。すなわち、イノベーターにとっての新たな認識は、単なる夢や目標を超え、確実に観察されるべき当然の事象なのです。

Step 2

Step1で設定した新たな認識を持つに至った理由の中から、より普遍性が高いものを設定します。実ビジネスの検討においては、Step1の設定自体に因果関係が含まれることが多く、普遍的事象が複合的な内容になることが多いのですが、Step1の修正だけは行わないでください。ビジネス実現の観点から、強い信念以上に優先されるものはないからです。

Step 3

普遍的事象を観点に仮説を検討します。ここには設定した普遍的事象を論拠とできるような仮説であれば、他には何の前提もないため「発想力」が試されます。知識や経験が豊富なほど多くの仮説をアプトプットできますが、以下の記事で述べたように、イノベーティブな仮説の着想には、専門家でない人の素朴な疑問や、異なる業界の常識および知見がきっかけとなることが多いです。

私は、自問自答を繰り返している、その道のプロフェッショナルに対して、他業種の常識や、素人の素朴な疑問は、イノベーションへの着想を得る絶好の機会として非常に重要な役割を果たすと考えています。(論理の飛躍を得るきっかけ)

https://social-bizcreator.com/blog/2020/05/05/zerovr01/

Step 4

列挙した仮説から適切なものを選択します。選択する際には、知識や経験はもちろんのこと、その実現可能性も念頭に置き、自身のノウハウや人脈、資金や時間的制約なども含め、まさに「知恵」を絞って選択します。Step1までは新しい認識を得るために、「問い」と向き合う哲学的で孤独なプロセスですが、Step2からは他人から助言を得ることで良案が生まれ、Step4からは協力者との連携を前提に検討を進めることが実現性を高めることにつながります。また、選択するにあたっては、「アハ体験」を伴う仮説を選ぶべきです。自分自身にすら腹落ち感覚のない仮説が実現される可能性は極めて低いと考えられるからです。

Step 5

これまでのステップで、アート思考の得意とする、アイディア創出のプロセスは終了です。選択した仮説、すなわち、思い描いた自分の世界を実現するためのアイディアは既に決定しました。グラミン銀行の例でいえば、貧困層に対して、融資サービスを提供することが決まったわけです。顧客とサービスが決まっており、それをブラッシュアップし、現状のマーケットに最適化することは、デザイン思考の得意領域です。

具体的には、対象となる貧困層のペルソナを定義し、カスタマージャーマップとユーザーシナリオで、彼らが融資を受け、ビジネスを開始し、貧困から脱するストーリーをデザインします。もちろん、そのストーリーに説得力を持たせ、事業化していくためには、平行してビジネスデザインも行います。まずはリーンキャンバスあたりで全体を俯瞰しながら進めるのがよいのではないでしょうか。

グラミン銀行の場合では、ストーリをデザインする過程で、既存の法制度の枠組みの中で有効な、様々なビジネスモデルや手法を参照したり、組み合わせたりしながら、アイディアの発散と収束を繰り返し、5人組でのグループ貸付や、少額の定額返済、そして、融資対象を拡大する移動業務を組み合わせ、サービスを最適化することでビジネスの成功につなげたと考えられます。これはまさにデザイン思考の営みです。

最後に

ムハマド・ユヌスが、新たな認識を得た経緯、どのようなきっかけで彼らへ融資することを着想したのか、また、なぜ最終的にそれを選択したのかについては、本人に聞かなければわかりません。しかし、彼の学者としての知識、海外での多様な経験、そして、母国への愛と彼を支える多くの人たちの支援によって成功に至ったに違いありません。

そして、彼のようにイノベーションを体現するための最も重要な要素、それは、知識と経験はもちろん、それらに裏打ちされた確固たる信念、それこそ評論家とイノベーターを分ける最大のポイントだと私は確信しています。

グラミン銀行も設立からすでに30年以上が経ちました。しかし、グラミン銀行は現在まで順風満帆に成長を続けてきたわけではありません。1998年にバングラデシュで起こった今世紀最悪の大洪水の影響で、返済不能な借り手が増え経営を圧迫しました。その際に、「グラミン2」と呼ばれる施策で立て直しましたが、その手法は5人組ではなく個人への貸付や定期積立といった、持続型イノベーションによるものでした。あのグラミン銀行でさえ、イノベーションのジレンマに陥っているのです。

グラミン銀行が新興勢力に駆逐されてしまう日が訪れることは、クレイトン・クリステンセンの「繁栄のパラドクス」にも記されていませんが、彼の考えからすれば、近くそのような新興勢力が現れるという事なのでしょう。