期待を超えることが本当に求められているのか? 日本一高級なプリンと日本一甘いトマトを食べたら、人材評価について気になって仕方がない件 (3/3)

期待を超えることが本当に求められているのか? 日本一高級なプリンと日本一甘いトマトを食べたら、人材評価について気になって仕方がない件 (3/3)

投稿はお休み中を宣言しているのですが、尻切れトンボのシリーズがあったことを思い出し、続きを執筆することにしました。

前回は、高すぎるプリンと甘すぎるトマトを例に挙げ、期待をあまりにも大きく上回ると、途端にそれ自身の魅力が失われてしまう可能性について触れました。私にとってこの体験は、イノベーション観点での組織戦略の難しさに重なりました。すなわち、大手企業の伝統的な通念や常識で凝り固まっている非イノベーティブな組織において、外部から優秀な人材を取り込んだとしても、それが機能してイノベーションが実現されることはまずありません。その理由と、イノベーションを可能にする組織について少し考えてみようと思います。

日本の雇用環境から考えると、外部からのリソース取り込みには、新卒採用、経験者採用、そして、同じ企業の別組織からの移動の3パターンが考えられます。(別組織からの移動については、今回は議論の意味を感じないのでスルーします。)イノベーションを起こすことを目的として迎え入れるわけですから、新人とはいえ学生時代に革新的な研究実績があったり、大学発ベンチャーとしての起業経験があったりといたレベル感でしょうか。

いずれの人材も、まずは大手企業の同質化の圧力にされされることになります。同質化の圧力とは、大手企業特有の非生産的な制度や、こうあるべしと言う規範、とりあえずは右へ倣えの模倣文化などです。これらの圧力はイノベーションを推進しようとする人材の活動の足を引っ張り、心労を与え、モチベーションの低下を引き起こし、最終的には活力を奪うか、組織を離れる原因となります。もう少し具体的に説明してみましょう。

終身雇用を前提とする旧態依然の組織の中で、自分自身の能力や市場価値について真剣に考えたこともない人たちにとって、イノベーションを実現する可能性があるほど優秀なこれらの人の能力を、どのように活用するべきかは、全くピンとこないのです。すなわち、その高い能力が彼らの常識を大きく超えており、まさに高すぎるプリンや甘すぎるトマトなのです。

そして、超優秀な新人に対して、右も左も分からない新人と同様に画一的な研修プログラムを長々と実施し、新人より遥かに能力の劣る先輩を指導者としてアサインします。経験者採用の優秀な人材に対しては、非イノベーティブな企業文化を教え込み、その両者の上司は、変われない組織の常識に縛られた、イノベーションを生み出すには非合理的な評価基準で、彼らを評価することを繰り返すうちに、モチベーションの低下を招き、優秀な人材から転職していくか、普通の人材に成り下がっていくのです。

注意すべきは、この現象はその組織を構成している人材の優劣ではなく、社会学における制度理論や経済学におけるエージェンシー理論で説明されるような、人間の行動原理や組織構造により引き起こされる現象であるということです。そして、イノベーションを促すような行動を起こさせる制度設計や組織設計を伴わない人材の確保が、成果につながる可能性は極めて低いのです。

それでは、イノベーションを起こす可能性が高い制度や組織とはどのようなものでしょうか?アート思考の記事でも触れていますが、まずは、自らに問い、パッションを持って何か成そうと考えることが前提となります。これはそもそも教育や文化に大きく依存しますので、組織戦略以前の問題なのですが、これ無しにはイノベーションは語れないのであえて触れました。

さて、本題に戻って、イノベーションを起こす企業を次々に生み出している国としては、米国や中国が思いつきます。両国の雇用慣行としては、ジョブ型といわれる、仕事の範囲が明確で、能力とその成果によって報酬を得るタイプです。ファーウェイが新卒社員に対して3000万円以上の報酬を設定した例は非常にわかりやすいのではないでしょうか。そして、企業側が求めるポジションで成果を出すことができる人を通年で採用しています。(日本は新卒一括採用のメンバーシップ型が中心ですね。)

パフォーマンスの高い組織を作るには、プロジェクト型組織の考え方が合理的だと考えられます。目的を達成するために必要なポジションを作り、その各ポジションで成果を上げることが可能な人をアサインまたは採用します。そして、プロジェクトの目標を達成するために最適なKPIを設定して、その達成度に合わせてプロジェクトバジェットから報酬を支出します。

これに対して日本の大手企業では、プロジェクトオーナーが組織設計をするところまでは同じですが、事業組織内でそのタイミングで余っている人材から取捨選択してポジションを埋めていきます。そのため、期待するスキルを保有する人をすべてのポジションにアサインできる事は、まずありません。また、プロジェクトの目標やKPIは旧態依然の組織に引っ張られ、プロジェクト独自の評価や報酬は認められないため、高いパフォーマンスへのモチベーションを維持することが極めて困難となります。また、経営幹部が短期でローテーションする組織である場合、成果という果実を得るまでに時間的投資が必要なイノベーションやソーシャルビジネスに関しては、ことさらプロジェクトと経営層の「目的の不一致」が顕著となるため、エージェンシー理論でいうところのモラルハザードに陥る傾向が強くなります。

仮に、プロジェクト型組織を構築でき、経験者採用でポジションを埋め、バジェットによる特別報酬が認められたとしても、日本の大手企業内の組織であるうちは、まだまだイノベーションを起こすためのビジネス環境として十分といえません。

イノベーションを起こすためには、伝統的な通念や常識を打ち破る必要がありますが、日本や日本の大手企業は、米国や中国と比較して、不利なビジネス環境にあると言えるでしょう。米国では公平や公正、言論の自由の意識が日本よりはるかに高く、一見非常識と考えられる概念に対しても、ディベートを通じてポジティブに議論する素地が整っています。また、中国では全く不公正な取引慣行が横行し、言論も制約されていますが、非市場戦略といわれるロビーイングによって、グレーを白にしたり、堂々と賄賂を活用することができ、がんじがらめの先進国企業とは一線を画したアプローチで多くのイノベーションを起こしています。

このような状況を経営学的、もしくは長年の経営経験から把握されている経営者の方々は、イノベーション組織を本社から切り離して、本社とは異なる組織戦略をもって運用し始めています。また、規制の少ない特区や米国などに本拠を構える例も増えており、今後は社内にイノベーション推進室の設置といった、的外れな経営判断は少なくなってくると思います。

私見ですが、大手企業にとっては、ESGの観点もイノベーションと非常に似た課題を持っています。そこで、二つの観点を一体として、ソーシャルイノベーションを掲げた事業会社を非営利市場とフィランソロピーに基づいた事業戦略により設立、運営することで、当該組織を本社内部に抱えることにより発生しているジレンマを解消できると考えています。

とはいえ、組織を切り出して、会社を設立するハードルはそれなりに高いという方には、自身の人事権の及ぶ範囲で試すことができる、面白い組織の作り方について、最後に提案します。

それは担当内公募制です。1年単位で管理職が仕事の内容やそれで得られるスキルなどをプレゼンし、部下を募集します。必要なポジションと人数を明確にし、それ以上の募集があった場合は選抜します。選抜に落ちた人は、2回、3回と応募を繰り返し、全社員がアサインされるまで繰り返します。これにより、魅力のない管理職には優秀な部下が集まりませんし、ジョブ型のように能力を明確に示せない一般社員は人気のある管理職の元では仕事ができません。この仕組みにより、管理職も一般社員も、スキル習得や目標の達成による成果のアピールが、極めて重要な意味を持ち、組織の継続的なパフォーマンス向上に寄与すると考えます。一般社員にとっては、相性の良い上司とのマッチング機会が増え、会社にとっては、能力の低い管理職が明らかになるため、効率的なリストラが進めやすくなります。また、担当内で部下の評価を集められないような管理職が、組織のお手盛りの評価だけで昇進することを牽制する効果も得られます。

如何でしょうか?

大手企業では、しばらくはメンバーシップ型の雇用環境が変わる気配はなく、労働組合の影響力も継続するなか、企業にとっては生産性向上やイノベーション創造の取り組みは待ったなしの状況です。私が提案する担当内公募制は、導入障壁の低さの割には、得られる効果が大きいと考えているのですが、読者の皆さんはどのように感じたでしょうか?