【アート思考を考える #8】仮説推論的アプローチで戦略的寄付が生まれるまで(2/4)

【アート思考を考える #8】仮説推論的アプローチで戦略的寄付が生まれるまで(2/4)

前回は非常に長い前置きのために、本題である「戦略的寄付」が生まれたアート思考のプロセスについて全く触れることができませんでした。お待たせしてしまった読書の方へのお詫びを兼ねて、この週末に新しいツールを活用して、より効果的なアート思考プロセスを検証してみましたので、その情報と合わせて、私の実績事例としてご紹介します。

プロセスの復習と結果の全体像

まずは私の考える仮説推論的アプローチによるアート思考プロセスの復習です。

  • Step1:自身が提示した認識を観察事象として設定する。(独自手法)
  • Step2:論拠とする普遍的事象を設定する。
  • Step3:「発想力」を発揮して複数の仮説を検討する。
  • Step4:「知恵」を発揮して、検討した仮説から適切な仮説(アハ体験を伴う仮説)を選択する。選択できなければステップ2へ戻って繰り返す。(独自手法)
  • Step5:デザイン思考を活用し、実現方法をデザインする。

そして、私の認識とその論拠として設定した普遍的事象および選択した仮説は以下の通りです。なお、仮説については、3つの異なるアプローチを挙げ、その思考法を記しています。

  • 観察事象【私の認識】
    • 大手民間企業における施策への投資は、売上と利益の拡大につながる合理的な理由があれば、それが社会的投資であろうと実行される。(むしろ、投資対効果が同じであるなら、社会貢献度の高い方が望ましい時代となった。)
  • 普遍的事象
    1. 売上と利益が増加する施策に対しては投資される。
    2. 自社の課題を解決することで売上と利益に貢献できる。
    3. 事業計画の達成に影響がない施策は妨害されにくい。
  • 仮説【活用した思考法】
    1. マインドマップ
    2. 課題のプライオリティマップ
    3. ブレインライティングを活用したスパーリング
  • 選択した仮説
    • 寄付で事業課題を解決する。(コンセプトマップ)

大切なのはアイディアではなく「問い」

これから、この事例を使ってアート思考によるアイディア創出プロセスを説明していきますが、その前に、大前提について再確認しておきます。アート思考における最重要ポイントは、アイディアを創出することではなく、既存の仕組みや常識を疑い、自ら問いを立てることで、新たな認識を創造することです。(それこそがアート領域における超域人材に求められるスキルです。)

芸術家の思考方法を応用するアート思考のプロセスでは、現状の認識に対して、本当にそうなのか?という問いを立て、自身の理想、正義、夢や希望といった価値観に従い、自身の認識は正しいという信念を持つことが第一歩となります。

https://social-bizcreator.com/blog/2020/05/13/whatsartthingking03/

そして、その認識を実現するための方法を見つける手段として、仮説推論を活用したアプローチをとるのです。では、観察事象の設定から見ていきましょう。

  • 観察事象【私の認識】
    • 大手民間企業における施策への投資は、売上と利益の拡大につながる合理的な理由があれば、それが社会的投資であろうと実行される。

結果としての、この認識自体はそれほど重要ではなく、何故この認識に至ったのかという、これまでの知識や経験の蓄積と自問自答のプロセスこそが重要なのです。具体的には、私自身のこれまでの起業経験、ファンドレイジング活動を通して得た非営利領域の知見、キリスト教圏での暮らしから知った寄付の文化、大手企業でのマネジメント経験などが基礎となり、自問自答の末に、次のような課題認識を持つようになりました。

日本の国家債務が1000兆円を超える中、社会貢献活動の原資として公的資金だけに頼ることは現実的ではなくなってきている。また、相対貧困率の悪化が進む日本の経済環境下においては、大規模災害以外での個人寄付の伸びに大きな期待ができない状況である。
このうな中、SDGsの関心の高まりとともに、好調な業績に支えられ、ESG経営を前面に押し出す大手民間企業経営者が増加しており、民間企業主体の社会貢献活動への期待感が高まっている。しかしながら、民間企業の経営方針の柱は営利の追求であり、多くの民間企業にとって社会貢献は、通常の事業活動の結果として付随する貢献や、寄付により第三者に託すという消極的な形態にとどまっている。

このような課題認識を背景として、自身が所属する企業をはじめとする大手民間企業に、社会的投資を拡大させるための具体的なアイディア創出を目的として、仮説推論的アプローチを採用しました。改めて、仮説推論における観察事象に設定した、私の認識(信念)がこちらです。

「大手民間企業における施策への投資は、売上と利益の拡大につながる合理的な理由があれば、それが社会的投資であろうと実行される。」

普遍的事象を設定する

次に、観察事象に設定した認識について、何故、それが正しいと考えるのかという理由について検討します。様々な理由が思い当たるでしょうが、その中でも、一般的に受け入れられるはずと考えるものや、正当化できる根拠があるものを選択して普遍的事象に設定します。この後、複数の仮説を検討し、その中から適切な仮説を選択する流れとなるわけですが、腹落ちする(アハ体験を伴う)仮説がない場合は、別の普遍的事象を設定して、再度、仮説検討を行い、納得いくまでこのプロセスを繰り返します。今回は、以下の3つの普遍的事象を例として仮説検討のプロセスを紹介します。

  • 普遍的事象
    • 売上と利益が増加する施策に対しては投資される。
    • 自社の課題を解決することで売上と利益に貢献できる。
    • 事業計画の達成に影響がない施策は妨害されにくい。

設定する普遍的事象により、それを実現するための仮説の傾向が異なります。それは、この普遍的事象が仮説検討の際の、観点を提供しており、観点が異なることで、異なる傾向の仮説が生まれるわけです。そのため、複合的かつ重層的な優れた仮説を生み出すためには、複数の観点、すなわち、複数の普遍的事象を設定し、それらから検討された仮説を、総合的に検証することが望ましいのです。

また、1つの普遍的事象からでも、仮説を検討する際の、思考法にバリエーションを持たせることで、観点の異なる仮説を生み出すことが可能です。アイディアを出す際に、KKD(勘と経験と度胸)に頼るだけというのは非効率です。最後にはこれが効いてくることは否定しないのですが、まずは先人の知恵を活用させてもらうことを検討すべきです。今回は、Step3の仮説の検討に、マインドマップ、プライオリティマップ、ブレインライティングを、Step4の仮説の選択にコンセプトマップを活用する例を示しました。

仮説検討プロセスの説明に向けて

私が実際に検討した際には、スケッチブック、付箋紙、MicrosoftのOneNoteへのフリーハンドライティング、WorkFlowyの構造化機能などを活用して、仮説の検討と選択を行いました。しかし、昨今のコロナウィルスの影響で、リモートコラボレーション機能の優れたツールが紹介されるようになりました。そして、その中で、Miroというクラウドサービスの評判が良いため、このツールを利用して、検討プロセスの一部を再現するとともに、自分自身でもサービスの評価を行い、継続活用の判断をすることにしました。

次回は、仮説の検討と選択に利用した4つの思考法と、私が実施したカスタマイズについて紹介します。そして、アート思考プロセスの成果物として日経ソーシャルビジネスコンテストに発表したビジネスモデルと、その成果物をインプットとして、デザイン思考によりビジネスプランを検討する際のプロセス概要についてもご紹介する予定です。