【アート思考を考える #2】アート思考とは何か?デザイン思考との違いから考えてみる(2/5)

【アート思考を考える #2】アート思考とは何か?デザイン思考との違いから考えてみる(2/5)

前回の記事の続きとなる今回は、

「適切なメンバーによって行われるデザイン思考のアプローチでイノベーションは生まれるか?」

から始めます。

私の回答は「Yesであり、Noでもある」でした。それはイノベーションをどう定義するのかによると言うことです。

「破壊的イノベーション」の提唱者として知られる、ハーバードビジネススクールの教授であるクレイトン・クリステンセンが、彼の著書「イノベーションのジレンマ」の中で、持続的イノベーションと破壊的イノベーションについて説明しています。

ビジネスパーソンであれば、一度は聞いたことがあると思います。

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持続的イノベーション

具体的な例としては、デジタルカメラが挙げられます。日本のメーカのように、既存のデジタルカメラに革新的な新機能を追加し、その付加価値を高めて、継続的に製品を投入し続けることは、持続的イノベーションと呼ぶことができます。また、サプライチェーンに革新的なプロセスを導入し、大幅なコスト削減やリードタイムの圧縮にる利益拡大も、持続的イノベーションと呼べるでしょう。

破壊的イノベーション

一方でAppleが開発したiPhoneは、携帯できるコンピュータとして設計され、デジタルカメラの機能がその一部に包含された、全く新しいコンセプトの製品でした。そして、iPhoneに搭載されたカメラの機能が、ユーザのニーズを十分に満たすレベルに到達した瞬間、単に写真をとるだけのデジタルカメラと、常に持ち歩くことができ、いつでも写真が撮れ、それを共有して楽しむことができるiPhoneとでは、その市場での優位性は比べるべくもありませんでした。

結果は皆さんがご存じの通り、デジタルカメラのメーカは高機能商品にシフトし、携帯端末と直接戦うことを避ける戦略をとらざるを得なくなりました。

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イノベーションのジレンマ

「イノベーションのジレンマ」では、大企業は持続的イノベーションに縛られるものであり、最終的には破壊的イノベーションを実現する後発企業に駆逐されてしまうところにジレンマがあることを指摘し、大企業における破壊的イノベーションの重要性を説いています。

破壊的イノベーションは誰にとってもイノベーションと呼ぶにふさわしいでしょう。では、私たちはこの持続的イノベーションをイノベーションと呼ぶべきでしょうか?

大手企業がデジタルカメラに革新的な新機能を追加し、仮に売上が10%(200億円)増加したり、AIやIoTの革新的な技術でサプライチェーンを効率化し、10%のコスト削減を実現して、営業利益が20億円増加したとすれば、どうでしょうか?社会起業家や非営利団体、中小企業や個人事業主の視点で見れば、この活動が生み出す社会へのインパクトはイノベーションと呼ぶことができるレベルではないでしょうか?

「適切なメンバーによって行われるデザイン思考のアプローチでイノベーションは生まれるか?」

持続的イノベーションをイノベーションと呼ぶのであれば、答えはYesです。

社会起業家にとってのイノベーション

ただし、社会起業家を目指す私たちには、大きな社会的インパクトを生み出すような、持続的イノベーションのベースとなる資産はありません。したがって、私たちにとってのイノベーションとは破壊的イノベーションしかないのです。

そして、私は、デザイン思考のアプローチでは破壊的イノベーションは生まれないと考えています。

クレイトン・クリステンセンは「イノベーションのジレンマ」で大企業に対して、従来型イノベーションへの警笛を鳴らす色が濃いですが、後に執筆した、「繁栄のパラドクス」では、イノベーションを、持続型、効率型、市場創造型の3つに分類し、持続可能な社会の実現のためには、市場創造型のイノベーションが必要であることを説いています。(これらの詳細については、別の投稿で紹介します。)

市場創造型イノベーションとデザイン思考

市場創造型イノベーションとは、貧困層などの、これまでは顧客として認識されていない、「無消費」と呼ぶ集団に対して、これまでにない商材やアプローチで全く新しい市場を創造すること説明されています。(グラミン銀行の例が分かりやすいと思います。)

前回の記事で例示したように、建築デザイナーの仕事は、すでに顧客として認識しているクライアントからの要求に対して、既存の素材や手法を組み合わせて、決められた枠組みのなかで創造する営みであり、デザイン思考は市場創造型イノベーションとは相性の悪い思考法なのです。

したがって、デザイン思考のアプローチで社会起業家が市場創造型イノベーションを生み出すことができるかといえば、答えはNoとなります。

シリーズ3回目となる次回は、社会起業家が市場創造型イノベーションへのアイディアを着想するための有力なツールと考えている、「アート思考」について紹介します。(ようやく登場です。)

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